事業概要

事業概要

背景

デジタルヘルステクノロジー(digital health technology, DHT)を活用したストレスマネジメントや職場のウェルビーイング支援などを目的とした様々な製品・サービスやアプリ開発などが急速に進んでいます。プログラム医療機器(Software as a Medical Device:SaMD)に関しては臨床治験の手続きに従い医学的観点から科学的なエビデンスが蓄積されつつあります。例えば、高血圧治療用の支援アプリ、ニコチン依存症治療アプリなど保険収載されるに至るモノも出てきています。

その一方で,治療ではなく予防を対象としたデジタルヘルスケア関連の製品・サービス(non-SaMD)については、その効果や適応範囲について必ずしも十分な科学的知見が示されていないものもあります。特に、デジタルメンタルヘルスの分野では近年、non-SaMDの製品・サービスの開発が加速しつつあります。職域(労働者)を対象としたメンタルヘルス関連疾患、特にうつ病・不安障害等のcommon mental disorders (CMD)は、生活の質の大きな低下を引き起こし、地域や職場の経済的損失とも関連する重要な疾患です。労働人口においても職場のストレスやうつ病は、長期の欠勤、離職、生産性の損失、モラルの低下など、雇用のあらゆる側面との社会経済的な関連が報告されており、労働者のメンタルヘルス一次予防対策は産業保健上の重要な課題となっており、新たなアプローチとしてデジタルメンタルヘルス製品・サービスの利活用に注目が集まっています。

労働者のメンタルヘルス不調予防やウェルビーイング向上の対策・取り組みとして、近年ではマインドフルネストレーニングや認知行動療法をインターネットやスマートフォンアプリで実装・提供するものや、身体行動的・心理的状態をウエアラブルディバイスの活用により可視化・提供するものなど、DHT活用による介入が注目されています。DHTは健康経営や行動変容を促すツールとして既にヘルスケアサービスの一部としてビジネス応用され、システマティック・レビュー・メタ解析(SR/MA)も一部報告されていますが、科学的エビデンスに基づくヘルスケアサービス・製品を社会実装する国内基盤は未整備です。一般利用者を含む様々な関係者に受け入れられ、適切に社会実装を促すためには、科学的な根拠をきちんと整理した指針が必須です。

指針策定の必要性

科学的な根拠をきちんと整理した指針を整備するために、次の5つの課題解決が必要と私たちは考えています。

 

デジタルヘルステクノロジー(DHT)予防介入指針の策定に際し、解決が必要な5つの課題

1.DHTの体系的な整理

近年のシステマティックレビュー(Stratton E et al, 2017)では、スマートフォンアプリとwebベースによるマインドフルネス・認知行動療法プログラムの介入効果を調べているものもあります。しかし、日進月歩なDHTの機能分類(心身状態のモニタリングやバイオ/リアルタイムフィードバックの有無など)は定義されておらず、利用者とDHT提供機能のどのような相互作用が効果的なのかは未解明です。今後産業保健分野におけるデジタルメンタルヘルス関連の製品・サービスに応用されうるDHTの種類や技術動向を把握することで、体系的なレビューの実施や効果的なDHT技術開発およびサービス提供の促進に寄与することができます。

2.DHTの産業保健応用の現状把握とステークホルダが求める価値の明確化

サービス利用者のニーズに基づく、効果的なヘルスケアサービスの価値体系が整理されていません。サービス事業者(開発企業・サービスプロバイダ)・サービス利用者(利用企業・産業保健スタッフ・労働者)・学術関係者の各ステークホルダがDHTに求める価値を調査する必要があります。ヘルスケアクエスチョン(HQ)の設定に必要な情報を集約し、サービス利用者が必要とするサービス内容などを分かりやすく提示することにより、製品・サービスの開発と社会実装を効果的・効率的に進める必要があります。

3.DHT予防介入効果のエビデンス

DHT介⼊の⼀次予防・健康増進効果(介入効果)の科学的知見は限定的です。メンタル関連/代理アウトカムとしては、精神的健康状態や抑うつ症状スコア(Xiong J et al, 2022)といったメンタル関連アウトカム、欠勤率・プレゼンティズム(Howarth A et al, 2018)、ワーク・エンゲイジメント・生産性(Stratton E et al, 2021)やポジティブメンタルヘルスアウトカムといった代理アウトカムを用いるものがあります。しかし、各ステークホルダが知りたいHQに応じた介入効果のエビデンス総体は未解明です。

4.DHT予防介入の遵守率向上策

DHT介入のアドヒアランス(遵守率)を高める効果的な方法が確立していません。服薬といった薬物介入の場合と同様に、デジタルヘルステクノロジによる非薬物介入も、きちんと利用してもらうことで初めて効果が見込まれるモノです。どのような仕様や提供体験がDHT利用の遵守率を高めるのか、に関する知見は不足しています。例えば、ポジティブ・デビエンス・アプローチ(健康増進に資するポジティブな要素に働きかけて行動変容を促すアプローチ)の効果を示すSR/MA論文(Carolan S et al, 2017)によれば、短期間の介入ではメール・ショートメッセージやセルフモニタリング技術の利用がアドヒアランスを高める可能性を示唆していますが、介入期間と介入方法の体系的な整理は示されていません。DHTの効用を最大化させるためにはアドヒアランスを向上させる方法論が不可欠です。

5.Minds参照型の指針作成

産業保健の観点から書かれたガイダンス作成の手引きは提案されています(小島原他、2018)、国際的に標準とされているGRADEシステムを採用したMinds診療ガイドライン作成マニュアル2020に沿って作成された産業保健分野における予防介入指針はほとんど整備されていません。サービス事業者とサービス利用者そして学術関係者の各ステークホルダに対応した形の指針が必要です。

事業概要

経済産業省が主導し、ヘルスケア・産業保健分野に特化した指針を作成し社会発信しようという活動が令和4年度より始まりました。本事業は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)は、令和4年度予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業ヘルスケア社会実装基盤整備事業に採択され、メンタルヘルスに対するデジタルヘルステクノロジ予防介入指針の整備をめざします。

分野(1)予防・健康づくりに関する指針等の策定:1.3 職域の領域
研究開発課題名:「メンタルヘルスに対するデジタルヘルス・テクノロジ予防介入ガイドライン」

本事業では、デジタルヘルステクノロジを活用した
メンタルヘルス予防介入に関する包括的な指針を作成します

  • 8つの学会が連携し、学会がオーサライズした知見を社会発信します
  • 多様なステークホルダのニーズに対応する指針を整備します
  • 質の担保されたエビデンスを整理・発信し、社会への普及実装を後押しします
 

研究計画

3カ年の研究計画の概要を下の図に示します。


( )数字は研究開発目標を示す。
DHT, デジタルヘルス・テクノロジ; SRチーム, システマティックレビュー・チーム;
TRチーム, トレンド・リサーチ・チーム; HQ, ヘルスケアクエスチョン; QI, Quality Indicator

 

組織体制は日本産業衛生学会が中心的な役割を担い、同学会内にガイドライン作成の全体を統括する「デジタルヘルスガイドライン統括運営グループ」、ガイドラインのスコープとヘルスケアクエスチョン(HCQ)を定める「デジタルヘルスガイドライン作成チーム」、そして技術動向やステークホルダのニーズ調査を担う「トレンドリサーチ(TR)チーム」およびHQに沿ってシステマティックレビュー(SR)を作成しエビデンス総体を評価する「SRチーム」の3層構成による体制を整備します。

2つのTRチームにより、第1の課題である「DHTの体系的な整理」および第2の課題「各ステークホルダが求める価値体系」の整理を行い、それら基礎資料を基にデジタルヘルスガイドライン作成グループにてHQおよびスコープの設定を行います。
それらを基に、2つのSRチームによるSRを実施し、「DHT予防介⼊効果のエビデンス(課題3)」および「DHT介入の遵守率向上策のエビデンス(課題4)」に関するサマリーレポートを作成します。サマリーレポートから「Mindsガイドライン作成チーム」にて産業保健分野で活用できるMinds診療ガイドライン作成マニュアル2020を参考にした予防介入指針の草案を作成(課題5)します。デジタルヘルスガイドライン総括運営グループにおいて、ガイドラインの公開および社会普及・実装の評価を行い、定期的な改訂を進める体制を整備します。

なお、エビデンスとしての「答え」を提供するSR系のHQ原稿(SR-article)はMinds参照型の評価プロセスを援用し、推奨度カテゴリーの評価/推奨の評価/エビデンス総体の質評価などのプロセスを経て質保証をはかる形で開発を進めています。
一方で、開発企業などのサービス事業者が参照したいデジタルヘルステクノロジー(DHT)の動向、周辺領域の情報、各種生体情報センシング技術の実践応用上の限界や注意点などのTR系のHQ原稿(TR-article)は、よりタイムリーさが求められるため、アジャイル型開発を採用しています。

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