第32回 日本産業ストレス学会にてシンポジウムを開催!
じめに
第32回 日本産業ストレス学会にて、日本医療研究開発機構(AMED) の令和6年度 「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業(ヘルスケア社会実装基盤整備事業)」(以下、DeLiGHTプロジェクト)の進捗状況報告や意見交換のためのシンポジウム(以下、本シンポジウム)を開催いたしました。本シンポジウムでは、参加者の皆様との意見交換(PPI)を目的の一つに位置付け、フロアの皆様との積極的な意見交換を行いました。
シンポジウムの構成
研究代表者の榎原(産業医科大学)より、本事業の概要説明および本シンポジウムの構成について最初に説明しました。その後、今村先生(東京大学)からは、インターネット認知行動療法(iCBT)・マインドフルネスなどのアプリ介入の効果は限定的ですが予防介入効果が認められることなど、メタ解析の結果が紹介されました。続いて、金森先生(帝京大学)からは、メタ解析で扱われている研究におけるDHT介入の遵守率は、介入後6ヶ月で6割程度の方が脱落していることなどが紹介され、リアルワールドデータの利用率とはかなり異なることが説明されました。
開発企業の観点からは、江口先生(産業医科大学)より、主にリアルワールドでビジネスを展開している企業からの多様なニーズを紹介いただき、小山様(日本デジタルヘルス・アライアンス、JaDHA)からは健康経営優良法人取得企業はデジタルヘルステクノロジの導入が進みつつある一方で、中小企業では利用者の口コミなどで製品・サービス選択が行われている実態があるなど、独自の調査結果も紹介いただきました。
指針策定の観点からは、小島原先生(静岡社会健康医学大学院大学)より研究プロジェクトの市民参画の重要性について、特に本事業ではこのPPIを重視して関連学会の皆様からの意見徴収を上流段階から進めてきていることを紹介頂きました。
各シンポジストからの報告を受けて、指定発言として渡辺和広先生(日本産業ストレス学会・北里大学)からは 本指針により、ようやくデジタルメンタルヘルス関連の科学的なエビデンスとなる第一歩が示されたのは喜ばしい、との賞賛を頂きました。iCBT、マインドフルネスなどのデジタル介入でも従来の対面方式と同様の有効性が認められている点などは、今後、サービス選択の際に産業保健スタッフが経営層に対しプレゼンテーションを行う際の資料としても有用であるなど、期待を述べられた一方で、文章だけが一人歩きするリスクも意識しておく必要性を指摘頂きました。
特に、1) 本指針でエビデンスが確認されているサービスと国内で普及している製品サービスは必ずしも同一ではないこと(個々の提供サービスのエビデンスは産業保健職が導入検討時にきちんと確認する必要性)、2)個人レベルの介入による効果検証と社会実装時の効果は同一ではないこと(興味あるヒトが個人で使った場合の効果と、BtoBtoC型で組織から提供されて使う場合で効果が違う可能性)、3) デジタルメンタルヘルス利用に関する産業保健スタッフの不安・抵抗感への配慮(AI・ヘルスケア技術により専門職の仕事が奪われるのではなく、支援ツールとして活用していくことの重要性)の3点について、コメントを賜りました。
続いて、本事業の委託元であるAMED・阿野泰久様からの指定発言では、最初に本事業の背景や経済産業省の問題意識を概説頂いた後、様々なステークホルダの羅針盤となるような形で情報を発信してほしいとの期待が寄せられました。また、作成した指針の維持管理については、技術の進展も早く、鮮度を維持する観点が大事であることに触れられ、指針作成後もAMEDとしてもサステナブルな指針運営・維持管理の支援についても現在検討中であると紹介があり、今後も関連学会との連携が重要である旨を述べられました。
フロアとの意見交換では、有益なご意見・ご質問を多数頂き、有意義な意見交換の場とすることができました。
下記に主な意見交換の内容を記します。
フロアからの意見
*Q:今回評価されているケースは一次予防に焦点をあてたDigitize型のアプリが主流だが、デジタルトランスフォーメーションに繋がる製品・サービスは?
A:現状では既存の介入手法の一部をデジタル化したものが中心。今後、マルチモーダルなセンシング技術を活用した製品・サービスなども出てくると予測され、定期的にアップデートが必要と考えている。
*Q:中小企業や個人事業主をターゲットとした普及への応用可能性について
A:50人未満の事業所などへのアプローチは産業保健全般の課題。DHTを用いたセルフケアプログラムは大企業と比較して産業保健のリソースが少ない中小企業にも活用しやすいソリューションとなりうるが、導入には経営層のメンタルヘルスへの理解と積極的関与が必要であり経営層を巻き込んだ普及実装戦略の検討が重要となる。
*Q:本指針のアップデートの頻度について
A:新しいヘルスケアクエスチョンの設定やシステマティックレビューの再実施などは数ヶ月~半年といったスパンは必要、一方で、軽微な修正や対応可能なケースはアジャイル型でウェブサイトベースで随時修正対応する。サステナブルな運用を行うためには、本事業に協力頂く人材の確保も課題。学会員の皆様の参画およびご支援をお願いしたい。
*Q:三次予防の観点、すなわち休職する方の復職支援にも応用可能と思われ、三次予防分野にも情報提供をする必要性があると感じた。三次予防を担う事業者へどういう形で情報を提供していけばよいか?
A:休職をするひとの復帰にも一次予防の観点を応用することは重要。JaDHAのようなコンソーシアム、経済産業省が現在進めている基盤整備事業、本DeLiGHTプロジェクトなど関連するプラットフォームを紹介いただきたい。一方で、三次予防では医療の介在がある(医師の復職可否判断など)のに対し、ヘルスケア領域では前提条件が異なるので、留意はすべき点もある。
*Q:パーソナルヘルスレコードとの連携など、データ連携も重要。誰がどの情報を使うのか、個人情報の取り扱いについては慎重な議論が必要だが、どのように運用されていくのか?
A:ご指摘の点は重要な論点であり、本事業に限定するモノでは無く、デジタル・ヘルスケア全般の課題である。つながる権利・つながらない権利や健康関連情報の取り扱いについては関係各所とも連携の上、検討を進めていく必要がある。本事業においても、Future Research Questionとしてこの課題は後日公開予定である。
*Q:認知行動療法は、国としては医療行為として使うモノという整理(保険収載)がされてきている。医療・治療で提供される認知行動療法がアプリで提供できると誤解を与えてしまうのでは?
A:重要な指摘で、SaMD(プログラム医療機器)と non-SaMD(非プログラム医療機器)の明確な違いがあることは指針内でも明確に懸念点として加筆しておきたい。
*Q:インターネットCBTには多様なコンポーネント・スキルが含まれていて、どの要素が効果があるのか、など分かっていれば教えてほしい。
A:現段階では個別コンポーネントの効果検証ができるほど知見が蓄積されていない。
おわりに
本シンポジウムにご参加頂きましたすべての皆様に御礼を申し上げます。今回、デジタルヘルステクノロジを取り巻く環境が多面的に整備されつつあり、デジタルヘルス関連の製品・サービスが今後、産業保健領域に広まってくる可能性を実感頂けたモノと思います。日本産業ストレス学会員の皆様におかれましては、本指針の改定や知見の普及実装に関して引き続きご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
本記事報告者:榎原毅(産業医科大学)