PPI報告

日本人間工学会第65回大会にて、「デジタルヘルステクノロジの普及とヘルスケアの未来」についてシンポジウムを行いました

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  • 日時:2024年6月22日(土)
  • 場所:C会場 (千歳科学技術大学)

 令和6年6月22日~23日に開催された日本人間工学会第65回大会において、日本医療研究開発機構(AMED) の令和6年度 「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業(ヘルスケア社会実装基盤整備事業)」(以下、本事業)の進捗状況報告や意見交換のためのシンポジウム(以下、本シンポジウム)を開催いたしました。本シンポジウムでは、参加者の皆様との意見交換を目的の一つに位置付け、Slido®を使用して会場とのディスカッションを行いました。

■メンタルヘルスに対するデジタルヘルス・テクノロジ予防介入ガイドライン概要説明
榎原 毅 (産業医科大学)
研究代表者の榎原先生より、SaMDやNon-SaMDに関する説明、我が国ではデジタルヘルステクノロジ(DHT)に関するエビデンスが未整備であるという状況に加えて、メンタルヘルス対策に資するDHTサービスの現状に関してトレンドリサーチ(TR)・システマティック・レビュー(SR)を実施する意義や関連8学会がオーソライズする仕組みなどを紹介しました。

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■利用実態とステークホルダーニーズトレンドリサーチ・チームからの報告
江口 尚(産業医科大学)
研究分担者の江口先生からは、我が国ではヘルスケア産業市場規模の拡大してきているもののまだ市場規模が小さいこと、市場規模拡大に伴い玉石混淆のサービスが提供されることへの懸念、ヘルスケアサービスを安心して使用するための評価体制の整備の必要性などについてご講演いただきました。また、前年度より実施している一般労働者に向けたDHT使用状況に関するアンケート調査結果について、新たに実施した調査結果に関する報告がなされました。新たな調査結果の主な概要としては、DHTサービス使用者は前回から6.5%微増していること、利用したきっかけについては、前回同様に勤務先から提供されたという回答が多かったこと(約7割)、新たに健康保険組合から提供されたケース増加したこと等が報告されました。また、研究者と事業者の協業や、アプリ使用のアドヒアランス(遵守率)を高めることへのメリット・デメリットの検討が必要であることが問題提起されました。

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■システマティック・レビューチームの進捗報告
金森 悟(帝京大学大学院公衆衛生学研究科)
システマティック・レビュー(SR)を担当する研究分担者の金森先生からは、SR班の体制およびヘルスケアクエッション(HQ)の紹介に加えて、9つのテーマについてSRを実施していることや、一次スクリーニング結果(19,091件抽出)二次スクリーニング結果(285件抽出)の結果153件をレビュー論文として組み入れたことが報告されました。また、身体活動のSR結果についてアウトカムを7つの区分(メンタルヘルス症状・障害、ポジティブメンタルヘルス、QOLや機能、職業関連アウトカム、自殺、物質使用、使用による害)に分類して、それぞれに対して改善あり(○)、一部で改善り(△)、改善なし(×)、評価困難(-)としてアウトカムとDHT介入の関連の強さが報告されました。

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■そこにエビデンスはあるのか?
大須賀 美恵子(大阪工業大学)
日本人間工学会を代表して本事業の統括運営グループに参画されておられるPIE研究部会長の大須賀先生からは、PIE研究部会の活動紹介やHQへのコメント、SaMDは厳格に審査される体制が整っているが、Non-SaMDはオーソライズされる仕組みがないこと、DHT使用者が治療中のいわゆる患者であるかどうかを判別する仕組みがないことなどへに対する問題提起がなされました。またPIE研究部会長のお立場から、提供されるDHTサービスのキーワードが単にSaMDに該当しないよう言い換えてNon-SaMDとされる可能性、人の状態の測定方法への妥当性、計測された生データが計測値か推測値かわからないこと、指標や行動の変化が担保されるかどうか(例えば、心拍計測であれば深呼吸をするとストレス値が上がるなど間違った解釈による使われ方される可能性)などの課題について検討する必要性が示されました。

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■Slido®で受け付けた質問と演者からの主な回答
今回のシンポジウムでは、40名の方がシンポジウムにご参加され、そのうち15名(37.5%)がSlido®による意見交換に参加してくださいました。実際に頂いた24の質問と質疑応答の内容については以下をご覧ください。

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*Q:DHTサービスのカテゴリーを選ばせる質問は具体的にはどうされたのですか?カオスマップをしめして選ばせたのでしょうか?
A:はい。その通りです。

*Q:DHTサービスが対象としていたものの回答は自由記述ですが?「うつ病」というのがありますが..
A:先行して経済産業省で実施をされた調査から項目を持ってきており、その選択式です。「うつ病」は診断名ですが、ここでは通称として考え、関連するサービスとして項目を挙げていますが、「うつ病」に関連したサービスとして認識をされている方がこれだけいるのも大きな課題であると思いました。ご指摘ありが等ございました。

*Q:立て続けにすみません.一,二,三次予防 の質問もこの3つの区分を説明して選ばせたのでしょうか.
A:一次、二次、三次予防の説明も記載しているので、しっかり読んでいただければわかるアンケートになっています。

*Q:SaMDとNon-SaMDの区分けは薬機法由来でしょうか?
A:はい。その通りです。

*Q:もし、デジタルヘルステクノロジを使って、逆に状態がわるくなったら誰が責任をとるんですか?サービス提供側?健保?
A:そこは、まだグレーな環境です。企業が悪いとなったらDHTサービス自体が広がらない。例えば、健保が提供したアプリに使用者が希死念慮を書き込んだら、AIの回答がトリガーとなってしまう可能性も否定できませんが、開発側としては死を想起させる内容は避けるような開発していると聞いています。まだこれからの課題ではないでしょうか。

*Q:健康保険組合から提供されるアプリとは、例えば健診結果を指定のアプリから返す、というものも入るのでしょうか?
A:本事業においては、デジタルヘルステクノロジを使用したものを広く対象としておりますので、「健診結果を指定のアプリから返す」という内容のアプリも本事業でのデジタルヘルステクノロジの定義に含まれています。

*Q:「良薬口に苦し」と言われていますが、アプリにはこの概念は通用しないのでしょうか?
A:アプリで悪影響があるほどインパクトがあるものは殆どないと思われます。訴訟で企業が負けるようなことがあればDHTサービスは広がっていきません。また、一度使用すると飽きてしまうという側面もあります。人の飽きと効果に関する人間工学的な研究も必要だと思われます。さらに、健康な人に対する予防介入なので、健康状態が良い人だから実感できないという予防医学に共通したジレンマもあり、投資されにくいという現状もあります。

*Q:デジタルヘルステクノロジを使った実際のサービスは、どんな内容が多いか知りたい。
A:デジタルヘルステクノロジサービス全般については一概にどのようなサービスということはお伝え出来ませんが、少なくとも本事業が対象としているメンタルヘルス領域においてデジタルヘルステクノロジを用いた実際のサービスでは、認知行動療法やマインドフルネス、運動療法関連のサービスが多いことがシステマティックレビューの結果からわかっています。

*Q:健康経営企業が導入時に求めるエビデンスとはどういうものでしょうか?
A:実際のサービスとしてはストレスチェック関連サービスがおおいことから、法定健診関連であると考えられます。

*Q:ヘルスケアアプリの継続性は導入企業などで評価されているものでしょうか?
A:企業としては、特定のリスクの高い人への対策に使用したいという意図があるようですが、企業側が従業員の福利厚生の一環としてサービスを取り入れる場合に、5,000円払ってもアプリをダウンロードしてくれないとう話も耳にします。一方で、某企業では高い継続率を売りにしているサービス提供事業者もいます。


*Q:江口先生の継続させることが難しいという話をもう少し聞きたいです。方法論の倫理性(ゲーム性を高めることはよくない?)について、具体的な研究事例など教えて頂けないでしょうか。
A:遵守率やゲーム性を高める研究について、DHTの特性が記載された論文があるとよいが現時点ではみあたりません。効果の異質性について個別性の高い研究が必要だと考えられます。

*Q:医師 vs DHT について、”抑うつ”診断など、医師の主観的判断によるものが多いと感じる。DHTによるジャッジの方が正しいのではないかと思うくらい。医師団体とのDHT企業間の確執などは生じないのか?
A:ご指摘の通りAIバイアス(AIが判断した方が正しいと思いこむ事)の危険性はあるが、原則DHTは人の判断を補助するものです。医師団体と企業間の確執は現時点ではありません。

*Q:SRはRCTに絞るしかないでしょうか.SaMDならともかく,non-SaMDではなかなかRCTが行われていないのではないでしょうか.効果に与える要因が多数あったり,高次のインタラクションがあると,RCTでもバイアスリスクの高い研究も含まれてしまいませんか?
A:現時点の検索結果だけでも約19000件の論文があり、その他を含めると膨大になりますので、現実的にはそのようなRCT以外の論文を含めることは厳しい状況があります。ただ、Non-SaMDでならRCTでなくてもよいのではないかというご指摘はごもっともです。

*Q:今回の取り組みについて人間工学会として貢献できる、期待されているのはどういう観点があるでしょうか?
A:人間工学会としては、労働者のウェルビーイングと労働生産性などのシステムパフォーマンスに対して最適なバランスをとった普及実装を促していく役目があると考えています。

*Q:アプリ利用者や利用しているアプリの数が増えたことに関して、アプリを導入する会社が増えているという実際の流れはあるのでしょうか?
A:アプリの利用者や利用数の増加が企業や健保の導入に繋がっているかどうか確証はありませんが、徐々に増えつつあるのではないかと思われます。

*Q:江口先生のインターネット調査について、 DHTサービスの利用期間が7ヶ月と長いですが、どのようなサービスなのでしょうか? 最後のスライドでは「継続させることの難しさ」とは国内は傾向が違う?
A:確かに、矛盾する説明をしているように思います。最後のスライドはサービス一般についてですが、7か月については多くは勤務先から提供されたサービスについての利用状況であるため、インストールして健診結果などを確認しているだけでも利用を継続していると認識をされている可能性があります。ご質問はごもっともですので質的に異なるものであることを説明として追加が必要であると思います。

*Q:デジタルヘルステクノロジーの定義について、Non-SaMDに限定されているのはなぜでしょうか?
A:本事業におけるデジタルヘルステクノロジはヘルスケア領域(健康な人を対象とした疾病予防の領域)で活用される技術を想定していますので、治療用の医療機器を対象に審査を行うSaMDではなく、Non- SaMDの対象となります。

*Q:SRについて.データベースが医学分野のものが多いですが,健常者を対象とした研究を逃していませんか?
A:本事業では、主に医学分野のデータベースを用いて検索していますが、例えばPubmedやEmbaseなどでは包括的な医学研究論文を扱っているため、健常者を対象とした研究も含まれています。また、論文を検索する際の検索式には“労働者”に該当する単語を指定しており、病気の方に対するデジタルヘルスツールを使用した論文などは除外しています。従って、今回のシステマティックレビューの結果に含まれている論文は全て健常者を対象とした論文となります。

*Q:デジタルヘルステクノロジの法体制は整備されているのですか?
A:諸外国、たとえばEUではAIの規制が開始されるなど法体系が進んでいますが、我が国では議論が始まったばかりです。今後は、DHTによる個人情報の取り扱いや、DHT活用による害が生じた場合の責任の所在などについて議論が進むと思われます。

*Q:HQごとに論文検索するのではなく、全体的に検索してHQに振り分ける、という方法は一般的なのでしょうか?該当論文が0のものもあったのが気になりました。
A:一般的にはHQごとに論文を検索してシステマティックレビューを行います。一方で、今回のシステマティックレビューの場合はデジタルヘルステクノロジを包括的に調査する必要があるため、研究開始時より論文数が膨大になることが想定されていました。実際に19091件の論文が対象となっています。そのため、本事業では網羅的に検索した結果をHQに振り分けて調査をするという手法を用いています。

*Q:NonSaMDでは、ポケモンGOやポケモンSleepはヘルスケアアプリの位置付けでしょうか?
A:現時点では、Non-SaMDにおいてポケモンGOやポケモンSleepは該当していません。しかしながら、ゲーミフィケーションやナッジという観点においては、これらの人気キャラなどとのタイアップも検討した方がアドヒアランス向上につながるかもしれません。

*Q:DHTにおけるサービスやアプリがあまりにも増えすぎて、どのサービスを選択・使用すればいいのか分からない現状にあると思います。個人に合ったDHTに関する情報を提供する上で、どのようなことに留意したらよいのでしょうか?
A:現在、経済産業省が主導して「職域における心の健康関連サービスの活用に向けた研究会」においてDHTサービス提供者が提供するサービスの留意点やエビデンスなどを公開するためのWEBベースプラットフォームに関して議論が交わされていますので、これらが公開されると多少なりともDHTサービス選択の際の参考になるかもしれません。しかしながら、この枠組みはB to B to Cのサービス提供(開発企業が健保や企業を対象にサービスを提供して、労働者が使用するパターン)のみを対象としており、個人の使用は想定していないことから今後は個人向けのプラットフォームの検討も必要だと思われます。

*Q:「特定臨床研究の試験成績を医療機器の承認申請に利用する場合の留意点・考え方」という通知が厚労省から出てきているようです。SaMDとnon-SaMDの橋渡し的な考えの1つに感じますが、垣根を下げる方向に動いているのでしょうか。
A:SaMDで承認されるには多くの時間を必要としていましたが、この通達によってより速くスピード感をもって医薬品や医療機器の承認を得る一助となりました。しかしながら、あくまでSaMDの承認を速めるためのものであり、Non-SaMDとは特に関連はありませんし、「垣根を下げる」意図があるかどうかについては、研究班では承知をしておりません。

*Q:以前、ゲーム制作も行っている会社に努めていました。継続率は、当該企業にとって、死活問題になります。DHTの開発にもゲーム制作の知見を大いに活かせると思いました。ゲーミフィケーションというレベルではなく試行錯誤をしています。彼らは。
A:ご指摘の通り、アドヒアランス向上にゲーミフィケーションは大きく役立つと思います。本事業においてもゲーミフィケーションやナッジなど、更なる調査が必要だと思われる事項については積極的に情報発信をしていきたいと思います。

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現地でご参加いただきました日本人間工学会会員の皆様をはじめ、本シンポジウムにご参加いただいた皆様に御礼申し上げます。
このウェブサイトをご覧の皆様もステークホルダーのお一人として、本プロジェクトに対して忌憚のないご意見をいただければ幸いです。

本記事報告者:谷直道(産業医科大学)