第96回日本産業衛生学会にて、「多学会連携によるデジタルヘルス・テクノロジ(DHT)を活用したメンタルヘルス予防介入ガイドラインの策定」についてシンポジウムを行いました
- 日時:2023年5月12日(金)
- 場所:ライトキューブ宇都宮 3F 中ホール東
令和5年5月10日(水)~12日(金)の日程で開催された第96回日本産業衛生学会において、日本医療研究開発機構(AMED) の令和4年度 「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業(ヘルスケア社会実装基盤整備事業)」(以下、本事業)の進捗状況報告や意見交換のためのシンポジウム(以下、本シンポジウム)を開催いたしました。本シンポジウムでは、日本産業衛生学会の会員の皆様との意見交換を目的の一つに位置付け、Slidoを使用して会場とのディスカッションを行いました。
■[シンポジウム1] メンタルヘルスに対するDHT予防介入ガイドライン作成事業の概要
榎原 毅 (産業医科大学産業生態科学研究所人間工学研究室)
研究代表者の榎原先生より、本事業の研究体制などの紹介に続いて、DHTが普及し始めている現状への問題提起として「エビデンス担保の手がかりがない」ことや、「ステークホルダーのニーズに応じた予防に活かせる知見を社会発信していく」ことの重要性について触れました。また、近年のヘルスケア領域のデジタルヘルス技術動向として、音声・感情解析が増加していることや、本事業で整備しているヘルスケアクエッション(HQ)について紹介いたしました。
■[シンポジウム2] 労働者に対するインターネット調査を踏まえたDHTの産業保健応用の現状把握と価値の明確化
江口 尚(産業医科大学産業生態科学研究所)
研究分担者の江口先生は動画講演形式で、本事業におけるDHTの定義の紹介に続いて、DHTサービス利用調査報告や、分科会でのヒアリングについて報告しました。DHTサービス利用調査の回答では、サービス利用は1回のみの利用者が約8割とまだ少ないことや、日本産業衛生学会の部会・研究者・サービスプロバイダなどのステークホルダーが参画する3つ分科会で定期的に意見交換を行い、DHTサービスのトレンドを把握していることが報告されました。
■[シンポジウム3] システマティック・レビュー・チームの体制と方針
今村 幸太郎(東京大学大学院医学系研究科)・金森 悟(帝京大学大学院公衆衛生学研究科)
システマティックレビュー(SR)を担当する研究分担者の代表として、今村先生よりHQに対するエビデンス収集の目的について説明があり、DHTの効果に関するRCT研究の文献をもとにメンタルヘルス一次予防の効果については今村班が、遵守率向上等については金森班が担当する予定であることが報告されました。また、遵守率はRCT研究が少ないと予想されることや、RCT論文を検索する際の組入基準の解説や今後スコーピングレビューなども行う予定であることが報告されました。
■[シンポジウム4] 産業保健領域における予防ガイドラインの作成方法ーGRADEアプローチの応用ー
小島原 典子 (静岡社会健康医学大学院大学)
Mindsガイドライン作成班の小島原先生からは、予防ガイドラインの作成のための概論について、利益相反(COI)の重要性やSRから導き出されたエビデンスを元に推奨を作成する手続き論などを中心にお話いただきました。また、ガイドライン草案作成後の外部評価、文献検索の過程について透明性を担保することの重要性、2020年に声明が出されたPRISMAの紹介、推奨にあたっては益と害などを俯瞰することが必要であることにも触れられました。
■指定発言1:井上 幸紀 先生 (大阪公立大学大学院医学研究科神経精神医学)
井上先生からは、日本精神神経学会かつ医師のお立場で、2000年以降に事業場のメンタルヘルス疾患でうつ病が急増おり、労働者の精神状態のチェックが重要であることに触れられました。その原因として、新型コロナの発生、在宅ワークの弊害、不寛容などによるストレスなどを挙げられ、現在のNIOSHのストレスモデルによる評価は限定的で二次予防には結びついていないことに対する懸念や、これらも踏まえたガイドライン作成が重要であるとご提言頂きました。
■指定発言2:赤津 順一 先生 (日本予防医学協会)
赤津先生からは産業保健人間工学会かつ医師のお立場から、現在のDHTを取り巻く状況について、データ解析には偏りや制限があるという検討が十分でない中で、様々なサービスが生まれていることに対する懸念について触れられました。また、DHTを使用することに対し、産業保健スタッフにとっても利便性がある一方で、プライバシー保護に関する問題や技術の信頼性の担保などクリアすべき課題に関してもガイドラインに盛り込む必要があることについてご提言頂きました。
演者の先生方の講話内容を受け、鼎談では「認知行動両方やマインドフルネスなどのアプローチは有用か?」、「ゲームにも健康影響があるがDHTの対象に入るのか、また区別はどうするのか?」、「ワークエンゲージメンや生産性にどう寄与するのか?」、「組織介入サービスには何があるのか?」などに対して活発な議論が行われました。
■受け付けた質問と演者からの主な回答
今回のシンポジウムでは、107名の方がSlidoにご参加され、そのうち57名(53%)が投票またはQand Aコメントに参加してくださいました。日本産業衛生学会員との対話の場を一つの目的として位置づけたシンポジウムでしたので、多くの方に参加頂けたことに感謝を申し上げます。実際に頂いた16の質問とディスカッション内容については以下をご覧ください。
*Q:DHTとベテラン保健職による介入との比較結果が知りたいです
A:SRでRCTを検索する段階で、こういうテーマ研究(DHT v.s. 保健職)があれば拾えるが、既存の研究デザインとしては少ないと思われる。
*Q:昨今の技術革新で、ガイドライン作成中にもどんどん新しい知見が出てくると思います。最新の知見に追い付くために、何か工夫はありますでしょうか?
A:現時点でベストソリューションはないが、トレンドリサーチに関連するコンテンツは、ウェブサイトを使用してアジャイル型でリリースして、皆さんからの意見を元に定期見直しをする予定となっている。
*Q:デジタルヘルステクノロジーにより収集したデータを職場環境改善につながるためには、誰がどのように解析し、現場にフィードバックすることが効果的なのかについて知りたいと思います。
A:鼎談で発言があったように、様々な現場のプレイヤーとDHTの比較もまだでそろっておらず、産業医が対応するところや上司が対応するところなど事業場によって対応方法は様々であるため、今後さらなる検討が必要だと考える。
*Q:メンタルヘルスリスクに関しまして、一次予防のためのデジタルツールには適さない労働者が利用しようとした場合の、スクリーニングアウトのポイント、症状悪化などがあった場合の責任の所在の明確化についてのお考えをお聞かせください。
A:今回のガイドラインでは、non-SaMDをターゲットにしているが、実際に企業で使用して何か問題あった場合あるいはDHTに合わない労働者などに関するネガティブな結果が論文として出ているかどうかが現時点では不明である。トレンドリサーチとしては、限界を発信するという観点で重要な問題なので、今後議論を深めたい。
*Q:デジタルヘルステクノロジーの使用を継続することによる副作用が知りたいです。
A:仮にこのような報告があればという前提だが、基本的に介入の度合いが弱いので害は少ない気はする。目が疲れるなどの訴えはあるかもしれない。現時点で、DHTの使用という点から回答することは難しいかもしれない。
*Q:どのような集団に対してDHTサービスが有効なのか、対象集団による効果の違いがあるのかなども知りたい。たとえば若年者には有効だが、年齢が高いと効果が異なるとか。
A:SRでRCTを検索する際に、結果として論文化されていれば可能だと思われる。今後、調査を進めていきたい。
本プロジェクトを推進して行くにあたり、チーム内で十分に議論をして参ります。
現地でご参加いただきました日本産業衛生学会会員の皆様をはじめ、本シンポジウムにご参加いただいた多くの皆様に御礼申し上げます。
このウェブサイトをご覧の皆様もステークホルダーのお一人として、本プロジェクトに対して忌憚のないご意見をいただければ幸いです。
本記事報告者:谷直道(産業医科大学)